仕事を終えての帰り道、どこからとも漂ってくる仄かな香り。
金木犀の香。
暑い!暑い!と言っても、やっぱり、秋は、忘れずにやってきました。ほっ💓
けど、秋の訪れは、なんとなく寂しい・・・
悲しみに溢れたLINE
そんな秋の日、自宅に戻り、スマホを覗くとやたらと、LINEが賑やかでした。
なにごと?
覗いてみると、びっくり(*_*;
中高時代の友、Y子さんから「谷村新司が亡くなった!」と。
大学時代の友達LINEも、同様の内容・・・男子も女子も大騒ぎ。。。
60代の私達の青春時代の思い出に、アリスは外せないのです😢
デビュー当時、大阪を拠点に活動をスタートしたアリス。
実は、アリス結成当時、私、チンペイ(谷村新司)の大ファンだったんです。
西宮市民会館、伊丹市文化会館、サンチカのオープンスタジオ。関学での草野球の試合。
たぁくさん、アリスを追っかけました。
ローカルな場所でコンサート。手を伸ばせば、届く存在だったのです。
いつのまにか、ヒット曲続出、全国バージョンで、有名に。
それを機に、だんだんと手が届かない、遠くの存在となり、やがて、私のアリスファン歴は終了。
わずか数年だったけれど、その頃の思い出は、いっぱい。
私の青春の1ページ。
チンペイが耳元で囁く
私にとって、チンペイは、はるか年上の大人の男性。
憧れていたのです。
一度だけ、チンペイが耳元で囁いてくれたことがありました。(笑)
アリスのメンバーが移動中、ファンは、ゾロゾロと後を付いていきました。私もその一人。
勇気をだして、「サインが欲しい!」とお願いしたのですが、その時、チンペイは、私の耳元で、「一人にサインをすると全員にしないといけなくなるから、ごめんね。」と囁いてくれたのです。←決して妄想ではありません。(笑)
甘い美声に感動、ひっくり返りそうになった私。←単純な思春期
50年も前のことなのに、忘れることができない思い出です。
決して、ビジュアル系ではないけれど(m(__)m)、あの甘い、色気のある声は、ピカイチだったのです。
母と一緒にライブに行き、楽屋でサインをもらったり。そんな母との思い出もあります。
晩年の谷村新司は、凄く素敵な紳士。
けど、若き日のチンペイは、お茶目で、おちゃらけていて。(笑)
ばんばん(ばんばひろふみ)とヤンタン(大阪のラジオ番組)に出演していて、二人の掛け合いが、楽しくて面白くて。
おしゃべりも天才的です。
多才な方なのです。
どんどん洗練され、成熟されていったチンペイ
今、ブログを書きながら、デビュー当時のアリスの曲を流しています。
私にとっては、とっても懐かし曲ばかり。
あ・・・こんな曲だった・・・どれも、これも懐かしい・・・💓
でも、どちらかと言うと、デビュー当時、歌詞そのものは、少し単純な言葉が続いているように思います。←めちゃ、上から目線でm(__)m
チンペイから谷村新司、年齢を重ねると共に歌詞が、どんどん成熟されていったような・・・
大作詞家を偉そうに批評して、大変、恐縮です。。。。m(__)m
どんどん、歌詞に、深みや、壮大感が増していって、そして、日本を代表する作詞家になられたのですね。
素晴らしい歌詞に圧倒されますが、私は、大阪時代の曲も涙がでるほど、懐かしいのです。
私の高校時代、青春時代の1ページにアリスが、確かに存在するのです。
実現しなかったライブ
今年になってから、Y子さんが、「懐かしいからアリスのライブチケット、買おうと思ったら、チンペイが病気で延期になってるよ。」と教えてくれました。
「チンペイの病気が治ったら、二人で行こうね!」って、約束していたのですが⤵
懐かしいアリス。。。これからも、シニアの味満載で、成熟したライブに行けると思っていたんだけれど。
やっぱり・・・・・やっぱり、終わりって、あるんですね😢
こんな形で突然に。。。。。
青春時代に身近だった私達のチンペイが、亡くなった・・・
大学LINEの仲間も、それぞれの思い出があるようです。
それぞれの思い出、それぞれの青春。そして、それぞれの秋。
今朝の天声人語には、谷村新司の死を悼んだ文章が綴られていました。
私達のチンペイちゃん。
紫綬褒章を受章されたり、日本でも活躍された偉大な作詞家になられたのですね。
「遠くで汽笛を聞きながら」「いい日旅立ち」などの名曲を残して、谷村さんが74歳で逝ってしまった。
星のすばるはこの時期、真夜中に南中する。青白くかすんで見えるのは、天の乙女が悲しみになきぬれているからだ、という。〈我は行く。さらば昴よ〉。星が流れた。
「天声人語」より
谷村新司さんのご冥福をお祈りします。
チンペイさん、私の青春時代に出会ってくれて、ありがとう。
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