あんなに好きだった読書なのに。。。。。。。
最近は、目が疲れるなどの理由で遠ざかっていました。
読書と老化現象
これも老化現象のひとつなのかも。
何かと疲れやすくなっていて、活字を追うこと、それ自体がなんだか、しんどい😢
できるだけ楽に生活をしたい。
簡単に眺める動画やSNSを見ることを優先していたような・・・
そうこうしている内に、
今年はとうとう古希を迎える年齢になってしまいました。
残された時間が、どんどん少なくなっていく。
初めて経験する死を前に待っている老齢期。
あんなに、「生死」の勉強をした50代だったけれど、ここから、どう生きていく?
楽に楽に。。。。。流されている状況に、やや危機感←大袈裟(笑)
久しぶりに手にしたのは、老齢期を生きる指南書と評価されていた姜尚中氏の「生きる証」
生きた 悩んだ 出会った
姜尚中氏は、本の中で、
『これまでの人生を「生きた」「悩んだ」「出会った」という三つの言葉で要約し、「生きる証し」としたかったからである。』
と書かれています。
私も、人生を振り返りながら、このブログを書いています。
それなりに、自分らしく生きてきた、そして、それなりの壁にぶつかり、大いに悩んできました。
そして、このブログにも綴ってきましたが、私の人生の大きな意味がある人との出会い。
この3つのテーマは、私のブログと重なる部分が多く、共感しながら読み進めています。
まだ見ぬ老齢期(いや既に突入してるか(笑))、そして、その先にある「死」
死を思う
生れてはじめて「死」を意識したのは10歳の頃。
不思議だけれど、その日のことは今でも覚えているのです。
テレビで漫画「宇宙少年ソラン」を観ていた時、
どの場面が影響していたかは、覚えていないのですが、
「人間は必ず死ぬんだ。私も死ぬんだ」ということが頭の中から離れず、
怖くて怖くて、恐怖に感じた日のことを今でも覚えているのです。
いつのまにか、恐怖は薄れ、日常生活を送ることができているのですが、
あの日の記憶は、鮮明に覚えています。怖くて、怖くて。
今?
今は、怖くないと言えば嘘になるけれど、恐怖におののくことはなくなりました。
実際に目の前に「死」が迫ってくると、またどんな風に思うかはわからないけれど。。。。
「死というものがなくて、このままずーっと生きるとしたら?」
と若い頃、考えた事があります。
「それも、しんどいなぁ~」
生きるしんどさも、知ってしまったし。
自分の死生観と重ねながら、この本を読み進めています。
これから続く老齢期、少し先を行く先輩の言葉に共感しながら、
それでも目はショボショボ👀
それが、老齢期なのだろうな。。。。。。。。
アーモンドの人生の旅は、続きます・・・・・


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