(↑アイキャッチ画像 昨日、久しぶりに見た虹です)
先日も書きましたが、仕事を毎日続けていると、新聞を隅から隅まで読む時間も気力もありません。
勤務帰宅後は、もうヘロヘロ。さすが、70歳(笑)
それでも、興味のある記事があるかな?と見出しだけは、目で追うようにしています。(購読料がもったいない(笑))
昨日は、土曜日出勤。
仕事と家事を済ませて、白内障手術を検討中のショボショボ目で、朝刊の見出しを追っていました。
その中に、見覚えのある名前と写真。
水俣病の患者だった、漁師、緒方正人氏のインタビュー記事が載っていました。
タイトルは『私もまた、チッソだった』
緒方氏は、これまでテレビでも新聞でも拝見したことがあって、いつも「深く重いことばで水俣病のことを発言されているな」と思っていました。
緒方氏は、私のブログでもこれまで2回、名前が登場します。


緒方氏の言葉には、深みや重みを感じていました。
今回も、被害者としての一面から、水俣病をみるのではなく、もう少し深いところまで洞察されています。
6歳の時、父親が水俣病を発病し死亡、20歳で自らの患者認定、チッソや行政に対しての被害者としての運動に参加されます。
その後、32歳で闘争から離脱し、患者認定申請も取り下げられました。
被害者としての自分も、水俣病の矮小化に加担していのでは?と自問自答。
とても悩まれ、苦悶されたと。
チッソとは?国とは誰の事?
時々に首相や社長や工場長が短期間に交代。
組織や制度の歯車の一部で、加害者側の生身の主体がどこにも存在しない。
組織の歯車として誰もが動いているだけで、どこを探しても『加害者の顔をした実態』が見当たらない。
悩み苦悶されて、ご自身を立て直されたのは、チッソが何者なのかと言う疑問が、己が何者なのかという自問に重なっていたことに気づかれます。
・・・・・・・・・うーーーーーん、深い!
そして、緒方氏が「私もまた、もうひとりのチッソだった」と。
チッソを自らの内側に見出したと。
人間という存在は、特定の関係性や支配構造に組み込まれた際に、我が知れず加害性を発揮することがあると。
アウシュビッツや福島第一原発事故も取り挙げながら、インタビューは続きました。
加害者とされている人たちも、普段は家族を愛する善良で普通の人だったはず。
国家や軍隊という巨大なシステムに組み込まれた途端に「個」としての倫理を失い、組織の部品と化した。
難しい言葉が続きますが、平たく私なりに解釈すると、
高度経済成長とともに生きてきた私たち。
今の便利で豊かな生活の恩恵を受けている一人として、全く、第三者としていられるのか?
そんな問いを投げかけられているような気がしました。
インタビューで語られた一言一言がとても重く深い。
「水俣病は、終わっていないのではなく、終わりようがない。」
「食物連鎖の循環そのものが傷つけられた。生命世界に刻まれた傷と罪は、裁判が終わっても、政治決着しても、決して消えない・・・水俣病は終わらない問いとして私たちの前にあり続けるのだと思う」
人間は、苦しみ、もがいているときに、深く考えるものなのかも。
私の体験を引き出すことには、大いに恐縮するのですが、
私も人生の危機状態が何度かありました。
その時には、「何故生きる?」とか「人間とは?」など、答えのない問いを続けたことがあります。
答えはでないけれど、結果的に深く考えて、その時々に落としどころをみつけたり。
水俣病というものを、ずっと見つめて来られた緒方氏の言葉に、私は、いつも惹きつけられるのです。
いつも「漁師 緒方正人」と紹介されていますが、
まさに、緒方氏は哲学者だと私は思いながら、インタビューを読みました。
勤務後の疲れでヘロヘロした我が身が、この記事を読んでいると、シャキッとして、
新聞の向うにいる緒方氏の姿が見えたような気がして、白内障の目👀もパッチリとしました。
やっぱり、新聞購読は、止められないなぁ・・・・・・


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