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☆手放す、引き受ける、委ねる

人生

いつの間にか、時が流れ、前期シニアになった私。

若い頃は、年齢を重ねると、それなりに、色々と分かってきて、大人になっているはず。

などと漠然と思っていたものです。

そして、シニアになった今、「そうでもないなぁ・・・」と感じています。(笑)

人間って、本質は、そんなに変わらないものなのかもねぇ。

でも、色々と経験した分、少しは成長したと思いたい。(笑)

グリーフケア、スピリチュアルケアの勉強を重ねていた頃、色々な本を読んで、気になった言葉があります。

「手放す」「引き受ける」「委ねる」

手放す

若い頃は、未来のこと、色々と想像し、

そして10年後、20年後の理想の生活。きっと、手に入るはずと信じてました。

昭和世代の私は、理想の相手をみつけ、結婚、こんな風に子供を育てて、老後は・・・などと夢を描いてました。

こんな風になれば、きっと、幸せなんだろうと考えた、何の根拠もない幻の理想の姿。

ホント、単純な若者でした⤵

実際に、生きていると、ことごとく夢は、こわれていきます。笑笑

あれ? なんじゃ? こんな風になるはずではなかった・・・・などなど。

つくづく自分の傲慢さに呆れかえります。

人生は、そんな甘いもんじゃ、おまへん。。。。

そうなってくると自分の理想、執着なんかを手放していく事を覚えます。

とは、いっても、まだまだ未完成(歳だけは重ねていますが)な自分を感じています。

手放すって、難しいけれど、結構、大切なんじゃないかなと思います。

引き受ける

そして、引き受ける

これは、自分を、自分の人生を引き受けること。

一生懸命、頑張ったり、努力しても、意に沿わない、納得できないことが次々とおこります。

そうこうするうちに、諦めることを覚えます。

仏教用語では、諦めるって、明らかにきわめること、真相をはっきりすることらしい。

マイナスな言葉では、ないとされてますが、その通りですね。

真相がはっきりすると、現実をみることができます。

真相が明らかになると、それを「引き受ける」しかなくなります。

色々と、悩んだり、悲しんだり、もがき苦しんだり。

だけど、どうしようもないことは、「引き受けざるを得ない」

そんなことを学んだような気がします。

これもマイナスな言葉ではなく、「引き受けられる」ようになりたいと願っているのです。

これから先のことは、わからない。。。それも本音です。

もし、これから先、衝撃的な出来事が起きれば、「引き受けることなんて、とっても、できない!」と叫んでいる私がいるかも知れません。

やっぱり、未完成のまま。。。それが人間。。。かな。

委ねる

努力しても、頑張っても、意に反する出来事が起きる。

それが、人生かも知れません。

手放し、引き受けた後、どうするか・・・・

これは、もう、目に見えない力、大いなるものに委ねるしかないのかなと。。。

シニアになった今、そんな風に考えるようになりました。

今までも何度かブログに書いてきましたが、信仰している特定の宗教を持っていません。

カトリックの学校に通学し、実家は真言宗、嫁ぎ先は浄土真宗。

禅マインドに大いに惹かれている、なんでもありの私です。

ですが、人智を越えた大いなるものへの信仰心は、しっかりと私の中に存在しているのです。

それをなんて呼ぶかは、宗教によって異なるかも知れませんが・・・

大いなるもの。

その大いなるものに、委ねる。

最終的には、自分の力が及ばない事、どうしようもないことに対しては、祈り、委ねることが必要なんじゃないかなと思うようになりました。

どうしようもない、答えの出ない状況に陥った時、どうしたらいい?

今日は、シニアになった今、時々、考える3つの言葉についてつぶやきました。

最後までお付き合い頂いて、ありがとうございました。

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