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☆愛する人を亡くした人への言葉かけ

グリーフケア

先日来、知人の訃報、知人の伴侶の訃報が届きました。

そして、アリスのチンペイ、もんたよしのりさん、BUCK-TICKの櫻井敦司さんなど、芸能界でも急逝の報道が続きました。

悲しい知らせが増える年齢になりました。

なんだかなぁ・・・寂しいなぁ。

どんな人にも与えらて、平等の運命は「死」

「人間、どんな人にも与えられて平等の運命は死ぬことよ」とさらりと仰った瀬戸内寂聴さん。

生きたからには、死が訪れるのですね。あなたも。そして、私も。。。

愛する人との別れを経験した方が、周りに増えてくる、そんな年齢です。

少し早く愛する人と死別を経験した私。

シニアになって、人生を振り返っても、やっぱり、2回の死別経験が強烈な印象になっています。

突然亡くなった母と、そして余命宣告から一ヶ月あまりで旅立った夫。

2回だけ? 実は、父の死も経験しています。

父は、今から12年前に83歳で亡くなりました。

この時は? この時は、夫や母の時と全く悲嘆の質が違ったように感じています。

もちろん、父のことも愛していたのです。

父は、83歳という年齢、そして、ずっと要介護5の状態が続き、最後の方は、あの世に行ったり来たりしているように、私には見えました。

心の準備が私にできていたこと、そして、83年生き切った感が、私の中でしたのです。

「お疲れ様💓」という感じで見送ったのです。

勿論、その後、父への親孝行についての後悔は、たくさんありました。

ですが、激しい悲嘆感情に襲われず、穏やかな別れだったと思うのです。

悲嘆は、個別性が高く、人それぞれ。

高齢の親が亡くなっても、激しい悲嘆に襲われる人も、もちらん、いらっしゃるのです。

悲嘆の渦の中にいる人への言葉がけ

ところで、知人友人が悲嘆に襲われている時、なんとかしてあげたい、手助けしたいと思うことがあります。

ところが、これが、なかなか難しい。

私自身も、悲しみに追い打ちをかけるような言葉に傷づいたことが、ありました。

良かれと思って発する言葉、それなのに、相手を傷つけてしまう言葉って、どんなものがあるのでしょうか。

アルフォンス・デーケン先生の著書『〈突然の死〉とグリーフケア』の中に、愛する人との死別者とのコミュニケーションの妨げになる言葉がいくつか載っていました。

①「がんばろう」

②「泣いてはだめ」

③「早く元気になってね」

④「私にはあなたの苦しみがよく理解できる」

⑤「あなただけじゃない」「あなたのほうがまだまし」

⑥「もう立ち直れた?」

⑦「時が全てを癒すから大丈夫!」

⑧「悪業の報いだ」「先祖の祟りだろう」

⑨「長い間苦しまなくてよかったね」

ほんとに、どの口が! (# ゚Д゚)

でも、やってしまうこと、あるんですよね。

他にも、「私なら、耐えられない!」とか、「側についてて、何をしていたの?」とか・・・

「そんなに悲しんでいると、天国のご主人がかわいそうよ」とか・・・

あるある。。。です。私も、そんな声をかけられた経験者です⤵

頼むから、Shut up! 

お願いだから、そっとしておいてください😢

たぶん、たぶん、悪気はないのでしょうけれど、(悪気があったら、大変や!)悲しみに襲われている人の前で、かける言葉に迷い、咄嗟に出てしまうこともあるのかも。。。居心地の悪さからの自己防衛なのかな。

相手の方を向かず、自分自身が楽になりたいから? 向いているのは、自分自身?

悲しき「悲しみ比べ」

「あなたのほうが、まだまし」という言葉。

悲しき、悲しみ比べです。

これは、本当に気をつけないと、遺族会などでも、注意事項として皆さんに伝えてました。

私の夫や母に対する悲嘆と、父に対する悲嘆は、質が違うと先ほど書きました。

それは、自分のなかでそう感じるからです。

他人から、比べられると、やっぱり、しっくりこないと思います。

「高齢だから」、「突然ではないから」、などと安易に他人の悲しみの深さを決めつけることは、決してできないし、してはいけないことだと思います。

色々、書きましたが、言葉自体のマニュアル化も不自然ですし、要は、相手に届くか、届かないかと言う事だと思うのです。

以前にブログに書きましたが、「がんばろうね」と言われた時、私の中に、温かさが伝わった経験もしています。

その言葉の中に、どれだけの「こころ」が入っているか。

そこに愛はあるのかぁ!

私たちは日常の経験から、すぐ言葉に頼りたくなるのです。頭の中でグルグル考えて、発する言葉。 心より、頭優先で考えるのでしょうか?何よりもいけないのは、頭のレベルだけで空疎な会話をすることでしょう。死は合理的に「問題」として解決することはできない深い「神秘」に属します。頭のレベルではなく、心のレベルでコミュニケートするのが一番大切です。

『〈突然の死〉とグリーフケア』より

難しいですね。

ただ、そっと、悲しみに耳を傾けることができるようになりたい。

そんな人でありたい。

そんな風に思いながら、ブログを書いています。

自分自身へも言い効かせながら・・・。

私も、ついつい余計な言葉を言ってしまうことがあるので・・・

今日は相次ぐ、悲しみの知らせに、あらためて、死別当時を思い出し、色々と書いてみました。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

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