遠い記憶に残っている「沈黙の春」
いつ頃読んだのか、もう思い出せないけれど。
春になっても鳥たちが鳴かなくなる、静かな春の到来を予測
衝撃を受けました。
「沈黙の春」
農薬などの化学物質による環境汚染と生態系の崩壊を世界に警告。
生物学者であり、作家である彼女の警告が、だんだんと身に染みるような時代になってきました。
最近、彼女のエッセイ「センス オブ ワンダー」を読みました。
自然の神秘や不思議に目を見張る感性について書かれています。
彼女が、幼い甥のロジャーと一緒に海岸や深い森を散策した経験を振り返っています。
子供の頃の自然に触れる体験と感性の大切さについて、書かれています。
そう言えば、幼かった頃、綺麗な石ころを集めたり、お菓子の粒を運ぶ蟻たちを飽きることなくいつまでも眺めたり。
私にもそんな時があったなと思い出しながら、読み進めました。
幼い頃は、時間もたっぷりあったし、今よりも周りに自然がたくさんあったような気がします。
電子書籍kindleを利用、気になる所に、マーカーをつけました。
「子供にとって、知ることよりも大事なのは、感じること。」
知識を身につけるより、自分の感覚を磨くってことが重要だとか。
幼い頃の私は、磨けたのかな?
「目にはしているけれど、本当には見ていない事も多い。」
感受性を磨き、感覚の回路をひらくってことなのね。真実を見る目👀
「嗅覚というものは、他の感覚よりも記憶をよびさます力がすぐれている」
亡き人の懐かしい香りと出会ったときに、過去の思い出が蘇るってこと・・・あるある。
訳者 上遠恵子氏のあとがきに、
『レイチェル・カーソンは、地球の素晴らしさは生命の輝きにあると信じていた。地球はあらゆる生命が織りなすネットで覆われている。その地球の美しさを感ずるのも、探求するのも、守るのも、そして破壊するのも人間なのである。』
みんなで、守らなくっちゃね。大切な地球。だいじょうぶかぁ・・・⤵
ところで、この本は、子供時代の自然への感性について書かれているのですが、
もうひとつ、人間が感性が磨かれるきっかけがあると思うのです。
私の経験から。。。。。。
それは、「死」を意識したとき。言葉を置き替えれば、「生」を意識したとき。
自然の美を、とっても意識することがあるような気がするのです。
夫と死別した後、自然を見る目が確かに変わったと実感しています。
空の青さ、野に咲く小さな花、海の向こうに沈む夕日、または、輝く日の出、芸術的な雲と空の演出、ピンク色に染まる6月の空。静かに輝く満月・・・・・などなど。
「死」を見つめた時、「生」を実感したら、「自然」がとっても愛おしく、畏敬の念を抱くようになりました。
少し大げさ?
いや、ホントの話です。
それまでは、それほど、意識することがなかった。感性音痴?笑笑
この感覚、わかってもらえるかなぁ・・・
となると、これから老いて「死」に近づく私も、感性が磨かれていくのかな?
子供の頃にもどったように、不思議な自然の世界を畏敬の念を持ちながら、見つめていきたい。
センス・オブ・ワンダー
レイチェル・カーソンの遺作となったそうです。
彼女もまた、自身の死を目の前にして、より一層、感性が磨かれ、
「自然」に畏敬の念をはらいつつ、そこに抱く感性の大切さを文字に遺したのかも知れませんね💫


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