コメントなし

Recent Comments

表示できるコメントはありません。

☆映画『我々は宇宙人』ローアングルが教えてくれたこと

本・映画

今日も、引き続き、映画の話です。

ネタバレ含まれます。。。。。ご注意願いますm(__)m

印象的なローアングル

感性が近い友(小説やドラマ、映画の好みが似ています)から、ある映画を勧められました。

『我々は宇宙人』

新鋭・門脇康平監督による長編アニメーション映画『我々は宇宙人』。平成の田舎町で出会った、物静かな少年・翼と、明るく人気者の暁太郎。ふたりは「相棒」と呼び合うほどの親友になるが、ある出来事をきっかけに、その純粋だった関係は修復不可能なほどこじれていく。

~デイリー・シネマより~

今日、観てきました。

何と表現したらいいのか・・・懐かしいような、心の傷が疼くような、人間関係の複雑さを垣間見た・・・

そんな映画でした。

アニメ映画はどちらかというと苦手(食わず嫌い的なところもあるけれど・・・)

今回のアニメは、綺麗過ぎず写実的、リアルな表現に思えました。

最初から、気になっていたことがあります。

それは、描写アングル。

例えば、主人公たちが下から見た蛍光灯や鉄塔。

何故、下からのアングルが多いの???

下だけではなく、異なる角度からの描写が多いような。。。

導入部分から、このアニメの特徴のような気がして印象に残りました。

最後に、ハッ!と気づきました。これは、物語の伏線だと・・・(知らんけど(笑))

蛍光灯や鉄塔を真下から見上げると、普段見慣れた景色なのに別のもののように見える。

それは、同じ出来事でも立場によって全く違って見えるという、

この映画のテーマを暗示していたのではないのかな?

二人の少年、異なる視点

二人の少年の30年間が綴られます。

翼と暁太郎

小学校時代から中学時代、高校時代を経て、社会人となったふたり。

離れた生活をし、その後、偶然の出会い。

それぞれの立場や視点から、子供時代の出来事が語られるくだり。

同じ出来事も、異なったアングルからでは、別のものになる。

そっかぁ・・・・・・・・・・・・・

同じ事実であったとしても、

他者の視点からとらえると、私の感じているものとは、異なったものになるのか。

やや、複雑でややこしくなってきたm(__)m (映画を観ていない人、ごめんなさい。)

主人公と脇役

人生は、よく物語に例えられて、人生の主人公は自分だと言われるよね。

そして、周りの人たちは、準主役だったり、脇役だったり。

でも、その中の脇役の人生の主人公は、その人で、私が脇役なる。

(混乱してきたな・・・苦笑)

この映画の主人公、翼と暁太郎、2人の少年も立場や物を見る視点が異なると、

ものごとを正面から認識できず、精神的にずれが生じてしまう。

そんなことを教えてくれた映画だったような気がするのです。

その伏線が、ローアングルの描写。 

なぁるほど・・・(と勝手に思い込んでるのですが)

そうだったのか・・・・・・

なかなか、深いアニメ映画なのかも。。。。。。。

見てみたい70代になった翼と暁太郎

監督が20代。主人公たちも終盤では、30代。

私の息子の世代。

主人公の二人が、私の年齢70歳になった時に、子供時代の出来事はどんな風に捉えられるのか。

また異なったものになるのかな・・・

同じ出来事でも、立場や時間によって、その意味や受け止め方が変わっていく

この辺りが、面白いなぁ。

70歳になった彼らも観てみたい、個人的には、そんな風に思いました。

芸術の秋。

歌舞伎に続き、映画鑑賞を楽しんでいます。

「いやぁ、映画って本当にいいもんですね〜」←水野晴郎さん風に(←知らんか(笑))

さて、次は、どんな秋を経験しようかな・・・・・

タイトルとURLをコピーしました