今日も、引き続き、映画の話です。
ネタバレ含まれます。。。。。ご注意願いますm(__)m
印象的なローアングル
感性が近い友(小説やドラマ、映画の好みが似ています)から、ある映画を勧められました。
『我々は宇宙人』
新鋭・門脇康平監督による長編アニメーション映画『我々は宇宙人』。平成の田舎町で出会った、物静かな少年・翼と、明るく人気者の暁太郎。ふたりは「相棒」と呼び合うほどの親友になるが、ある出来事をきっかけに、その純粋だった関係は修復不可能なほどこじれていく。
~デイリー・シネマより~
今日、観てきました。
何と表現したらいいのか・・・懐かしいような、心の傷が疼くような、人間関係の複雑さを垣間見た・・・
そんな映画でした。
アニメ映画はどちらかというと苦手(食わず嫌い的なところもあるけれど・・・)
今回のアニメは、綺麗過ぎず写実的、リアルな表現に思えました。
最初から、気になっていたことがあります。
それは、描写アングル。
例えば、主人公たちが下から見た蛍光灯や鉄塔。
何故、下からのアングルが多いの???
下だけではなく、異なる角度からの描写が多いような。。。
導入部分から、このアニメの特徴のような気がして印象に残りました。
最後に、ハッ!と気づきました。これは、物語の伏線だと・・・(知らんけど(笑))
蛍光灯や鉄塔を真下から見上げると、普段見慣れた景色なのに別のもののように見える。
それは、同じ出来事でも立場によって全く違って見えるという、
この映画のテーマを暗示していたのではないのかな?
二人の少年、異なる視点
二人の少年の30年間が綴られます。
翼と暁太郎
小学校時代から中学時代、高校時代を経て、社会人となったふたり。
離れた生活をし、その後、偶然の出会い。
それぞれの立場や視点から、子供時代の出来事が語られるくだり。
同じ出来事も、異なったアングルからでは、別のものになる。
そっかぁ・・・・・・・・・・・・・
同じ事実であったとしても、
他者の視点からとらえると、私の感じているものとは、異なったものになるのか。
やや、複雑でややこしくなってきたm(__)m (映画を観ていない人、ごめんなさい。)
主人公と脇役
人生は、よく物語に例えられて、人生の主人公は自分だと言われるよね。
そして、周りの人たちは、準主役だったり、脇役だったり。
でも、その中の脇役の人生の主人公は、その人で、私が脇役なる。
(混乱してきたな・・・苦笑)
この映画の主人公、翼と暁太郎、2人の少年も立場や物を見る視点が異なると、
ものごとを正面から認識できず、精神的にずれが生じてしまう。
そんなことを教えてくれた映画だったような気がするのです。
その伏線が、ローアングルの描写。
なぁるほど・・・(と勝手に思い込んでるのですが)
そうだったのか・・・・・・
なかなか、深いアニメ映画なのかも。。。。。。。
見てみたい70代になった翼と暁太郎
監督が20代。主人公たちも終盤では、30代。
私の息子の世代。
主人公の二人が、私の年齢70歳になった時に、子供時代の出来事はどんな風に捉えられるのか。
また異なったものになるのかな・・・
同じ出来事でも、立場や時間によって、その意味や受け止め方が変わっていく
この辺りが、面白いなぁ。
70歳になった彼らも観てみたい、個人的には、そんな風に思いました。
芸術の秋。
歌舞伎に続き、映画鑑賞を楽しんでいます。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね〜」←水野晴郎さん風に(←知らんか(笑))
さて、次は、どんな秋を経験しようかな・・・・・


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