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☆予期悲嘆について

メメントモリ
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愛する人との死別直後の悲しみは、とてつもなく、深い。

そして、愛する人が近い将来、この世から、居なくなってしまうと知った時の苦しみも、

また、強烈である。

突然の別れ、闘病の末の別れ。

私は、両方を経験したが、今日は、愛する人の死を目前にしたときの苦しみについて、

つぶやこうかな。。。。。

(ちょっぴり、暗く重たい表現があります・・・。しんどい方、無理して読まないでね❤)

なんだか、様子がおかしい・・・

私が夫の様子がおかしいと気付いたのは、春が近づいてきた3月頃。

どうも、元気がない。そして痩せてきたように、みえた。

桜が咲く頃には、もう、げっそりとしてしまった。その姿はあきらかに病人であった。

あっという間に、病気が進んでしまったのだと思う。

まだ40代の若さ。進行する速度はとても速かったのだろう。

検査と言うことで入院したその日、私は医師から、検査前なのに、癌の可能性を告げられた。

結果がでた日、私は一人で、残酷な告知を受けることになった。たった独りで。(涙;)

これまで家族の中の大事な出来ごとは、全て夫に相談し、夫婦二人で乗り越えてきた。

しかし、告知の日・・・私は一人で人生の最大のピンチに立ち向かうことになった。

残された時間は、たぶん一ヶ月ほどだと医師から聞いた。

今までドラマの中でしか見たことのない世界。これは、ドラマ? 夢? 現実?

20年前には、まだ、本人に告知することは、今のように当たり前ではなかった。

本人に告知をするかどうか、医師と相談をした結果、隠さず伝えることとなった。

わずか、40日間の入院生活。その時、わたしは・・・。

職場の上司に、夫の病状を伝え、私は、長期休暇を取ることにした。

もちろん、毎日、昼間は、私は病院に詰めていたのだが、

ある日、病院から夫の様子が、夜中に不安定になるので、そばに付き添ってもらいたいと連絡。

とても怖かったのだと思う・・・  一人で夜中に何を思っていたのだろう・・・

家には小学生と中学生の息子。私の母は亡くなり、父はパーキンソン病。

子供達のこと、頼れる人はいなかった。

お昼から夫のそばにいて、夜中は夫の横の簡易ベッドで仮眠、毎朝、始発の電車に乗って帰宅。

子供たちの朝食、弁当を用意し、お昼にまた病院。そんな生活を繰り返すことになった。

子供たちも放課後は、ほぼ毎日、病院にきて、残された4人家族の時間を大切にした。

その頃の私、立っていることさえもできない程の悲しみ、苦しみに襲われていた。

これからどうなるのだろう。日々、痩せていく夫。不安がる息子達。

亡くなったら、その後はどうなるのだろう。不安・不安・不安の日々。

私が倒れるわけにはいかない! その気力だけで、なんとか動いていたような気がする。

立っているだけでも辛かった。。。。倒れてしまうことができたら、どんなにいいか。

今でもその感覚は、鮮明に覚えている。

当時、入院していた病院に、緩和ケア病棟やホスピスはなかったのだが、

看護師さん達は、私達家族に、とても、やさしく寄り添ってくださった。

家族4人が気兼ねなく過ごせるように、二人部屋を個室として使わせて頂いた。

病室で泣くことはできない。夫をこれ以上、不安にさせていはいけない。なるべく笑顔でいよう。

我慢できないときは、病室を出て、エレベータ前の小さなスペースに腰をかけ、

一生懸命、悲しみに耐えていた。

そんなとき、通り掛かったある看護師さんがわたしに、「大丈夫?」と声をかけてくださった。

その言葉が、とても嬉しかった。。。。。

誰かに思いっきり、抱きしめてもらいたかった。「大丈夫よ」と。

そうでないと倒れてしまいそうな過酷な日々の連続だったから。

私がグリーフケアを勉強したいと思ったのは、その看護師さんの一言がきっかけになったのかも。

そして、兄弟、親戚が夫婦揃ってお見舞いに来てくれた時、これも、とてもきつかった。

私はこれから、独りになる・・・・そんな、近い将来の現実をつきつけられているように思った。

深い孤独感である。

私達、癌患者・家族の前に、大きな壁が立ちはだかり、

平和で幸せな世間から、遮断されたような感覚であった。

予期悲嘆

悲嘆は、死が訪れる前にも、存在する。

グリーフケアを勉強した時に、「予期悲嘆」という概念を初めて知った。

実際に私が経験した強烈な悲しみと苦しみ。

あぁ、あれが予期悲嘆だったんだな。。。。

経験をしていると理論がすーっと私の中に入ってくる。

あのとてつもなくしんどかった日々。

あの経験が、患者に寄り添う家族を支えたいとグリーフケアの道に誘ってくれたのかも。

今もどこかで、「あの日のわたし」が存在している。

そっと、抱きしめていあげたいな。。。。大丈夫よって。

今日は、私の経験した予期悲嘆について、つぶやいてみました。では。

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