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☆背中合わせの「幸せ」と「不幸せ」

人生

先日、ある番組で、黒柳徹子さんが、「幸せ」について語られている場面がありました。

「思い煩うことがないこと。家に病気の誰かがいるとか、子どもがいてどこか悪いとか、自分ではどうしようもない悲しみがないのがいい。相手に重荷を背負わせるのも嫌だから」と話し、「だから私、独身でいるのかもしれない。考えたら。これで夫がいたり子どもがいたりしたらこういう仕事はできない ~yahooニュースから~

徹子さんは、1933年8月9日生まれ。

私の母は、2日前の8月7日生まれ。

徹子さんは、魅力的で、特別、頭の回転も速く、若くて、しっかりとされています。

「母が生きていたら、この年齢だなぁ~」

徹子さんと母を重ねてしまいます。

人生は、長さではないと言われるけれど、やっぱりね~。

41才で逝った母。

娘としては、長生きして欲しかった🥲

その分、私は、まだ順調に生活をさせてもらっています。

大好きな叔母(母の親友であり、母の弟の嫁)は、私に、いいことがあると、

いつも、「お母ちゃんが守っているからねぇ」と言ってくれます。

ホントに、あの世で守ってくれているのかな。それなら、いいなぁ💕

さて、いつものように話が横道にそれましたが、

徹子さんの「しあわせ」について・・・

自分に置き替えて考えてみました。

愛する人が病になったり、不登校になったり、メンタル的に弱っていたり、ひきこもったり・・・

人生には、思いもよらぬことが、大切な人たちに次々と起きます。

私にも・・・家族にも・・・

徹子さんが仰るように、自分以外の大切な人が苦しんでいるのを思い煩っているときは、とても幸せなんて思えません。

辛かったり、悲しかったり。苦しい時が流れます。

自分のことではないので、大切な人の辛さを想像することしかできない。

それは、本当に辛い。

思い煩ったり、思い煩わせたり。そんな繰り返しで人生は進みます。

そして、一番辛いのは、愛する人との永遠の別れ。

出会ったからには、いつかは別れの日がくるって、わかっていても、

とっても悲しく、辛く、苦しい。

時が流れていくと、

苦しみや悲しみの先に、また違った感情が芽生えたことも事実かな・・・

そんな風に思える人と、この人生で出会ったこと。

それは、とっても幸せなこと。

愛する大きさと、苦しさの大きさは、比例しているのかな。

愛しているからこそ、その分、辛かったり、悲しかったりするのかなぁ。

平凡に、人生が、順調に流れているときは、なかなか考えにくいし、思いつかなかったことでした。

そして、悲しみ、苦しみのどん底にいるときも、やっぱり、そんなことを考えたこともなかった。

意外と、

幸せ」と「不幸せ」は背中合わせなのかも・・・

徹子さんの話を聞きながら、色々と幸せについて思いを巡らせてみました。

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