週5日の仕事、そして、少しだけの家事、体力維持のための早朝気功と夕方の筋肉体操・・・
働くシニアの日常生活は、結構、忙しく、時間に追われます😮💨
若い頃から毎日、新聞に目を通す習慣があったのですが、最近は・・・⤵
新聞を読める時間帯には、1日の疲れが出て、読みながら寝落ち。
毎月の料金は5000円程度。
近い将来、年金だけの暮らしになると、5000円は、馬鹿になりません。
いつ止めようか・・・と思いながらも、継続中。
なかなか、新聞とお別れできず、日々を過ごしています。
デジタル化が叫ばれていますが、止めがたい紙の新聞。
今や、新聞は「新しく聞く」ではなく、既に見聞きしたニュースの復習バージョンになっています。
それでも、継続する理由のひとつは・・・
紙に書かれた文字や言葉への愛着。
時に、考えさせられたり、宝物のようだと思える言葉と出会うことがあるのです。
ささっと流してしまうデジタル上とは、チト違うのです。
休日だった昨日、ペラペラ新聞をめくっていると、読者投稿欄に同世代の方の文章が載っていました。
どんな人の人生も、人の数だけ様々な出来事があるものです。
その方の人生にも、色々あったことが、行間から溢れています。
その中に、『どんなに過酷でも人生は続く』という文章がありました。
心に残る言葉でした。
そして、共感できる言葉でもありました。
50歳代にボランティア活動を通して、たくさんの方の話を傾聴する機会がありました。
そのとき、そのとき、その方の語りを尊重し、傾聴していました。
傾聴ケアと言いながら、実は、私自身がケアされたり、大きな学びをもらっていました。
人の数だけ、人生がある←あたりまえのことですが。。。
そして、私自身も。。。
「この場面は、映画やドラマで見た事があるぞ!」と思えるシーンが人生に何度かありました。
乗り越えられないな・・・・・・・
「絶望」という言葉を、身体を通して知った日。
どんなに過酷でも人生は続く
どんな出来事があっても、誰にも平等に時は流れるのです。
辛い時も悲しい時も、そして幸せに感じた時も。。。。。。
一生、笑えないと思っていた時期にも、人生は続きました。
辛くても苦しくても、四季は巡り、時が流れます。
それは、それは、見事に、着実に・・・・・・
いつの間にか、笑っている自分に気づくときがありました。
悲しみは、消えてなくなったわけではなく人生の中に織り込まれている。
そして、
気が付くと、人生の残りが僅かだと実感するシニアになりました。
「どんなに過酷でも人生は続く」
新聞を読みながら、目に留まった言葉でした。
今、今。
今の時間を大切にしながら、生きていきたいと思っています。
色々あっても、最期には、自分の人生を抱きしめられればいいかな・・・
今日は、新聞で出会った言葉「どんなに壮絶でも人生は続く」
その言葉に、自分の人生を重ねたアーモンドのつぶやきでした。
アーモンドの人生の旅は、まだ続いています・・・・・・・・


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