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☆「遠くを見る目をするね」・・・消えない悲しみ

人生

「たまに、遠くを見ている目をするね。」

・・・・・・・・

若い頃、言われたことがありました。

先日、40年ぶりに、川越で、再会したYさんから。

大昔に。

・・・・・・・

不思議ですが、何十年も前の言葉が、私の記憶の中にとどまっているのです。

神戸のアパレルの会社に入社して少し経った頃。

当時は、華やかな、洗練された職場で、楽しく毎日をすごしていました。

入社した会社では、すぐにYさんと仲良くなり、人間関係にも問題なく、みんなと楽しく仕事をしながら、毎日を過ごしていました。

でも、彼女は、ちゃんと私の消えない悲しみを見抜いていました。

楽しい日々でも、ふとした隙間に、人生で経験した過酷なできごとが蘇る・・・

無意識にそんな「目」をしていたのかも知れません。

10代後半、母との壮絶な別れを経験した私。

消えない、別れの瞬間の記憶。

その後、高校時代、大学時代、そして入社した会社で、

たくさんの人たちに囲まれて、楽しく生活をしていたけれど、

実は、心の中には、消せない悲しみを抱えていました。

彼女は、ちゃんと見抜いていたようです。

その後、彼女の家に遊びに行ったとき、

高校時代の辛い経験を話しました。

偶然・・・

ホントに偶然ですが、彼女も同じ頃に、お母様と悲しい別れを経験していました。

だからこそ、私の遠くを見る目に気づいたのかな。。。

先日、再会したときは、そんな話は、一言もしませんでした。

でも、私は、今でも覚えているのです。

彼女からの言葉「遠くを見る目をしている」を、私は、忘れずに生きていました。

悲しみを抱えながら、それでも・・・生きる。

悲しみは消えない。

にもかかわらず、生きていく。

それが、人生なのかなぁ。

以前に、諸行無常だから、生きていけると呟きました。

人生での出来事、起った事実を消すことはできない。

そのことを抱えながら・・・

にもかかわらず、生きていく。

悲しいできごとは、決して消すことはできないけれど、

そこにいつまでも留まっていては、しんどい。。。。。

いつまでも留まっているのは、嫌。

忘れられない事実、その事実は消えない。

そのことを抱きながら、自分の人生を生きたい。

そんな風に、私は、思って生きてきました。

「にもかかわらず・・・」

自分の人生を納得しながら生きていきたい。

私風の生き方です。

だから、それが正解かどうかは、わからない。

いや、悲しみ方に正解も不正解も、そもそもないのだから。

遅い夏休みにYさんと再会し、遠い遠い日の、彼女の言葉を思い出しました。

今でも、遠くを見る目をしていること、あるかもなぁ。。。

それは、消すことのできない悲しい過去を、心の中で見つめている瞬間なのかな。

にもかかわらず、生きていく。

これからも、できるだけ、楽しく残された人生を生きたいと思うアーモンドです。

暑い暑い夏が過ぎ、秋風に吹かれながら、

思い出したYさんの言葉でした。

アーモンドの旅は、これからも続きます。

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